第10回:幼少期――三つの自分のはじまり

ここからは、幼少期から青年期にかけて、3つの自分が生まれたプロセスを見ていきます。


第3章 張りぼて――「ちゃんとしている自分」を守り続けた理由
(幼少期から青年期にかけて、あなたの外側が作られたプロセス)

紙粘土が色づき始め、三つの自分の関係がゆっくり動き出す
幼いころの自分は、とても素朴で、ほとんど飾りがありません。
それは、まだ形も色も定まらない「紙粘土=本当の自分」。
評価も比較も知らず、ただ感じたままをそのまま外に出していた存在です。

柔らかく、伸びがよく、どんな色もどんな感触も吸い込みながら、
その子だけの“風合い”をつくっていく素材。
触れ方次第で形を変え、温度や湿度にも敏感に反応します。
紙粘土は、強さよりもまず「感じる力」をもった素材なのです。

紙粘土は白くて無垢ですが、触れたもの、経験したこと、
大人たちが向けてくれた表情や声の調子、
抱き上げられたときの安心感や、置いていかれたときの不安――
そのすべてが、少しずつ混ざり合ってほんのり色づいていきます。

この時期に刻まれた色は、のちの自分の
「得意な表現」や「安心を感じやすい場面」、
あるいは「つい避けてしまう反応」として残っていくこともあります。
理由はわからなくても、体が先に覚えている感覚です。

同時に、本当の自分とほとんど同じサイズで、
薄くてぺらりとした「張りぼての自分」も、
紙粘土の周りに膜や殻のようにまとい始めます。
それはまだごく薄く、仮止めの包装紙のようなものです。

殻はまだ頼りなく、中の紙粘土の色や凹凸が透けて見えるほど。

“内側と外側がほぼ重なっている”――
この自然な一致こそ、幼少期ならではの状態です。

思っていることと、外に出る表情や行動が、ほとんど同じ方向を向いています。

そしてもうひとつ。
心の少し高いところに、小さな「ナビゲーターの自分」の芽が生まれます。

それは「考える自分」というより、
感じたことをそのまま受け止めて、
次の一歩を指さすような存在です。

その声はか細く、風のように短いひとことだけ。
「危ないよ」
「だいじょうぶ」
「これ、楽しいね」
ほんの断片的なつぶやきですが、
ここからすでに心の舵取りは始まっています。


次回に続きます

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